駅のノスタルジー

無意味で良いじゃん、無意味であることこそが大事だ、みたいな、意味に全振りしたスタンスを音楽に持ち込んだものはあまり聴かない(こと音楽に関してそういうものはどうしても良いと感じない)。つまりVaporwaveみたいな音楽のことだが、それと近い(と言われる)Lofi hip hopと称されるジャンルのものはたまに聴く。そのうちの一つがIdealismだ。なんとも言えないチルさがたまに聴きたくなる感じで、作業するときとかに丁度良い。

 

彼のホームページによれば、彼はフィンランド人だ。だが曲名が日本語だったり、日本の環境音をサンプリングしたりしていて、やっぱり日本はこういう使い方をされることが多いな、と感じる。

彼は、日本の駅の改札機の音とか、切符販売機の案内音声をそのまま使う。日本人には非常に馴染み深い声が突然聴こえてくる。そこで、音楽自体とは別にノスタルジックな感じがやって来る。これは駅を日常的に利用する者だけが感じる、極めて日本人的なノスタルジーであると思う。彼は、なぜこの音をサンプリングしようと考えたのか。

 

少なくとも自分の知る限り、アメリカやヨーロッパの駅には日本のような音声案内はない。電車が来るときのアナウンスがある程度のところがほとんどだ。一つ考えられるのは、だからこそ日本独自の音声案内に魅力を感じた、ということ。しかしだとすれば、このサンプリングが彼にとってノスタルジックたり得るかわからない。

もし彼が日本に住んでいたことがあり、この音を聞くたびに日本を思い出すなら、それはまさしくノスタルジーを地で行くものと言えようが、本当のところはわからない。

 

少なくとも自分にとって、駅に感じるノスタルジーは、彼のビートを聴く前から存在していた。夜、人と別れてから一人で電車を待つとき、誰もがなんとも言えない気持ちになったことがあるのではないだろうか。

彼がそういう類のものを共有していたのかはわからない。だが、電車に乗ることが極端に減った今、彼のビートは、過去に確かに感じた"なんとも言えなさ"を思い出させてくれるものである。

ちなみに個人的には、彼のビートに英語はおそろしく合わないと感じる(うるせえ!となる)。ビートが日本っぽい、というのは言い過ぎだが、何にせよ、こういう形の日本の好かれ方はこれからも残っていってほしい。