天才と勇気

告白と嘘は同じものである。告白できるのは、嘘をつくからだ。人はありのままの自己を表現することはできない。まさにそうであってこそ人間だからである。(カフカ『断片』) 思想に値札を付けることが出来るかもしれない。値段の高い思想もあれば、安い思想…

否定(3)

シュミットと三木の思想には、多くの共通点を見出すことができる。一方で我々は、両者の間に決定的な差異が存在していることもまた確認することになる。 まず両者は、敵の規定を思想の根底に置いているという点で共通している。シュミットの狙いは言うまでも…

否定(2)

三木清は、西田幾多郎に師事し、いわゆる京都学派を構成した哲学者として知られている。彼はドイツでハイデガーの薫陶を受け、パスカルの人間学と唯物史観の再解釈をもって日本思想界の寵児となるも、1930年(昭和5年)に日本共産党への資金援助の嫌疑で検挙…

否定(1)

ウルシャナビよ、この草は危機〔をこえるため〕の草だ。 それによって、人は生命を得る。 『ギルガメシュ叙事詩』月本昭男訳 神はまた人の心に永遠を思ふの思念を賦け給へり 『伝道之書』 我々は通常、多かれ少なかれ何らかの危機に直面している。それはごく…

正しい生き方

全部偶然なのだろう。将棋の名人が他のゲームや、あるいは数学のような分野ではなく将棋で活躍していることにも、天才的な芸人が印刷工になることをやめてお笑いの学校に入ることを決めたことにも、必然的なものは何もない。だから、何らかの極めて優れた才…

セカイ系の意義など

庵野秀明が紫綬褒章を受章したということで、久しぶりに『新世紀エヴァンゲリオン』を観た。 本作は登場人物の抱える個人的な困難と世界の危機という壮大なテーマとが結びついている、セカイ系と呼ばれるジャンルの先駆けとして知られるもので、いわゆる通常…

注釈的態度

「学生と話していると、今の若い人がどれほど禁欲的に他者の内面に踏み込むことを悪と感じ、忌避しているかがわかって驚くことがある。」 との投稿を見かける。 私も同年代の人と話していると、私としては何も思わないような言い回しでものを言った後に、慌…

生音

生の演奏に勝るものはない、というのは、多くの音楽好きが同意するところだろう。もっと言えば、生音で、つまり機材を使って増幅したのでない自然の音で演奏される音楽を聴くことは、何にも代えがたい体験である。生音の至高性を理解しない音楽ファンの言う…

隙/恐怖

アメリカにいたときかその後くらいから、人が話すこと、主張する内容の「隙」を見るようになったような気がする。 どんなに厳密に構築された主張にも必ず「隙」がある。それはゲームのルールが何なのかを把握し、そのルールがなかったら?と考えるような思考…

神と人間について

キリストの思い違い。——キリスト教の開祖は、人間は何にもまして深くその罪に悩むものだ、と考えた、——それはキリストの思い違いだった、自分を罪がないと感じた者、この点での経験に乏しかった者の思い違いだった! 彼の心はあの不思議な幻想的な憐憫に充た…

春の やさしさ の うわべ もの書き 気高く 空をつかむ 顔なき赤子 遠く あざ笑う 雄弁には 雄々しき 輪郭 が 纏われたままに ある

かすむ視界の端の頭を持ち上げつつある金色の葉の輝き伝う雨露の歓びの恐怖

切実さ

演劇は切実に演じようとするほど切実ではなくなっていく。だから素晴らしい演技はしばしば無表情であったりする。ロベール・ブレッソンはこのことに少なくとも気が付いてはいた。 詩についても同じことが言える。自らの意識とか感性とかいうものをリアルに表…

メソッド

何かを成し遂げるためのあらゆるメソッド・ノウハウの中で最も重要なのは、「とにかくやる」ということだ。この観点が抜けていては、どれだけ的確なメソッドであっても意味がない。 とは言っても、「とにかくやる」はただがむしゃらにやることではない。自分…

美文

美しい文章には必ずある種の独断がある。これは美文の性質か、それとも美の性質か?

雪の降る日

地下室でぼくの頬をなでようとした その傷だらけの手は 首を絞めることを厭わないのに 触れることさえためらう こどものように歌ってみても きみは 泣くことも笑うこともできない きみがつまずいてみてできた傷は その手の傷とは似ても似つかない 夢から夢へ…

史学の意義

私は思いついたことを何でもノートに書き留める習慣がある。普段は書いてそれっきりなのだが、先日ふと思い立って2年ほど前のメモを読み返すと、「ロックは単純観念から複雑観念が原子が分子を構成するようにできていると言ったが、正確には単純観念からある…

霊感

人生において何か追い求めていたことが成就して、そのために自らの探究が中断されるということがあり得るのか? 例えばスピリチュアルに傾倒していた人が高校以来想っていた人と再び結ばれたときに、そこで彼にとって精神世界が意味を失うのはなぜなのか。 …

線分を丸め 端と端をくっつけて そのちょうど境目をまたいで立った私は 上半身を左右に揺らしている

でらしね音楽企画の思い出

私はかつて様々な音楽サークルに所属していた。それは私自身の拡散した音楽への関心ゆえである。一つのコミュニティに留まることのできない私は、根無し草のように次から次へと関心の向くままにサークルを転々としていた。 そんな音楽生活の中で、ひときわ強…

モンクと狂気

セロニアス・モンクを聴きたくなるのはいつも、決まって狂気に犯されているときだ。 誰しもが自らの内に狂気を飼っている。狂気は人の数だけ多様な形を持って存在しているはずだが、私の場合、とりわけ強く意識されることの多い狂気がいくつかある。そのうち…

晩夏

夜更けに浸透する 冷えた雨のにおい 鈴虫の音は 灼熱の残滓をいまだ纏いながら おれの肉をそぎ皮をはぎ 身体の空洞を浮き彫りにする 空の脈打つ闇の隣に 大いなる飢餓を見て 秋の来ないことを悟る

思想

私は思想をしまう場所を持っている。特定のものに触れると特定の思想が想起されるようになっているのだ。例えばキースの音楽、晩夏の雨、照りつける日差しとコンクリートそれから破れたフェンス。思想は場所から芽を出したわけではなく、それはあくまで置き…

憲法の暴力性についての覚書

ある人は、他の人々が彼にたいし臣民たる態度をとるがゆえにのみ王である。ところが彼らは、彼が王であるがゆえに自分たちは臣民であると信ずる。(カール・マルクス『資本論』第一巻、第一篇、第一章) 上記のマルクスの言葉は、王が王であるためには、それ…

Dreamy

Clube da Esquina N°2 - Milton Nascimento www.youtube.com Dreamy music.apple.com Clube de Esquina #2 - Julien Wilson Harvest Moon - Jane Birkin Joy Spring - Joe Pass Spiegel im Spiegel: 1 - Arvo Pärt Mandeville - Paul Motian Old Folks - Buc…

徂徠メモ

荻生徂徠の道についての洞察は卓越している。 徂徠における道の本質は丸山真男も指摘する通り、治国平天下の政治性である。道とは、あくまで聖人がより良い統治のために創造したものに過ぎない。極端に言えば、この観念によってもたらされる結果が善であれば…

Cyberpunk

music.apple.com TNT - Tortoise Snow Day - Julia Brown Mind Garden - Leavv Second Narrows - Loscil Nimbus - Michele Rabbia Superstrada N°2. Toscana. - Luc Ferrari Aldebaran - Björn Meyer 3X2 (Exit) - Aix Em Klemm Journey from the Death of a…

行方

この日私のもとへ届いた一篇の詩は 私を滅ぼし やがて世界を滅ぼすだろう 私は 白痴としてふるまい 白痴に蝕まれながら ついに白痴とならず 読むたびかすんでゆく文字を眺めるばかり 単に白紙を見つめるようになった私 隣に腰かけた旧友は ところどころ未知…

赤黄色の金木犀

フジファブリックの歌詞に心を動かされることはあまりないが、「赤黄色の金木犀」の一節 いつの間にか地面に映った 影が伸びて解らなくなった だけは良いと感じる。「影が伸びて」「解らなく」なる感覚は、とてもよくわかる。

社会契約論についてのノート

近代ヨーロッパ政治理論における社会契約論の意義は多様であるが、こと哲学的意義に関して言えば、自由な個人を根拠としてどのように政治的権力が正当化されうるかという問いに正面から取り組んだという点は、とりわけ大きな位置を占めるものである。 近代以…